説明できる?ロードバイクのホイールが逆回転しない理由とは

ロードバイクのホイールは、ペダルを逆向きに回しても逆回転はしません。

これは当然です。

しかし、どのような仕組みでそれを実現しているのでしょうか。

そして、自転車の歴史においていつ頃、このような機構を採用したのでしょうか。

それを質問されると答えるのは案外難しいものです。

そこで、この記事では「フリーホイール」の仕組みと歴史についてお話しします。

ペダルが逆回転してもホイールが回り続けるのは「フリーホイール」のおかげ

ロードバイクで走っている最中に、漕ぐのを止めたとします。

当然、それでもホイールはカラカラと音を立てて回り続けます。

もしも、脚を止めたとたんにホイールも回転を止めたら、乗りにくくて仕方がありません。

しかしなぜ、漕ぐのを止めてもホイールの回転は止まらないのでしょうか。

それは、後輪の「スプロケット」と呼ばれる、チェーンと噛み合う歯車が、「フリーホイール」になっているからです。

フリーホイールとは、決まった方向の動力のみを伝達する機構のことです。

その「決まった方向」というのは、ロードバイクなどの自転車においては、スプロケットにかかる時計回りの方向の力、ようするにペダルを踏む力です。

つまり、フリーホイールはペダルを踏む力は伝達しますが、ぺダルを逆回転させるような力は伝達しません。

走行中に脚を止めると、自転車のホイールに対して見かけ上はペダルを逆回転させていることになっています。

それによって、ペダルを漕ぐのを止めてもホイールの回転は止まらないのです。

ホイールを逆回転させない「フリーホイール」の仕組み

フリーホイールは、いわば自動車におけるクラッチのような役目を果たします。

では、ロードバイクなどの自転車のフリーホイールの場合、どうやってそのクラッチを切ったりつないだりするのでしょうか。

その答えが、フリーホイールの爪と鋸の刃型の切り掛けにあります。

フリーホイールの構造は大きく分けると、中子と外筒の2つの部品によって成り立っています。

外筒にはスプロケットが取り付けられ、その内側には、2つから4つの跳ね上げ式の爪が付いた中子が収まっています。

中子は、ホイールのハブに固定されていますが、外筒は固定されていません。

中子の爪は通常、外筒の内側に刻まれた、鋸の刃型の切り掛けに、つっかえ棒のような形で噛み合っています。

フリーホイールに逆回転の力がかかると、爪が切り掛けに押し付ける力から解放され、中子は自由に回転を始めます。

それにより、ペダルを止めた状態でもホイールは回転を続けます。

その状態では、中子の爪は、鋸の刃型の切り掛けをなぞるようにして、倒れたり立ち上がったりしています。

そこから、ペダルを漕ぎ始めると、爪が立ち上がったタイミングで、再び、爪を切り掛けにつっかえ棒のように押し付ける力が働くため、動力が伝わります。

これらの中子と外筒の働きによって、特別な操作なしに、動力を伝達したり断ち切ったりできます。

ペダル無し自転車からロードバイクへのながい道のり!

フリーホイールのような機構は、ロードバイクなどの自転車の歴史の、最初から登場したわけではありません。

自転車の始まりは、1810年代に誕生した「ヴェロチベート」と呼ばれる乗りものです。

この「ヴェロチベート」には、フリーホイールはおろか、そもそもペダルがありませんでした。

自転車にペダルが取り付けられるのは、「ヴェロチベート」の約60年後に登場した、「ペニーファーシング」からです。

「ペニーファーシング」は、前輪が極端に大きい自転車で、その巨大な前輪にペダルを取り付け、一輪車のように直接動かしていました。

そのため、ペダルを逆回転させると、当然車輪も逆回転します。

「ペニーファーシング」は、スピードという娯楽を求める、上流階級の人々の間で流行しました。

しかし、その巨大な前輪、前輪の動きに直結するペダルから見て取れるように、危険極まりない代物でした。

そして、1885年に、現代型の自転車「ローバー」が登場したのです。

ローバーは当初、フリーホイールは備わっていませんでしたが、1900年代になり改良され、フリーホイールが採用されました。

フリーホイールを備えた「ローバー」の登場により、自転車が安全かつ扱いやすいものになり、現代まで人々の気軽な足として親しまれるようになるのです。

そして、ロードバイクの原型となる自転車は、1910年代になって登場しました。

逆回転をさせないだけ?フリーホイールが変速で果たす役割

フリーホイールが「ローバー」に採用されるのと時を同じくして、自転車の変速機が登場しました。

それは、変速機にとって、フリーホイールはなくてはならない存在であり、フリーホイールが採用されたからこそ、変速機の採用も可能になったからでした。

というのは、もしも、フリーホイールがない状態で変速をすると、変速操作をしたとたんに、いきなりクランクの回転数が変わり危険であるばかりではなく、スプロケットや変速機の破損の危険もあるからです。

そのようにして、自転車が扱いやすく改良されて行く中で、現代のロードバイクの原型が産まれました。

しかし、その当時のロードバイクには、変速機はおろか、フリーホイールを採用することもまれでした。

なぜなら、ロードバイクの形が整いつつある頃の変速機は、重く複雑な構造の内装式変速機であり、それが嫌われたためでした。

また、その当時、「変速機は女と子どもと老人のもの」といった価値観がまかり通っていたためでもありました。

つまり、ロードバイクは「純粋さ」を求められており、その影響で、フリーホイールも採用されなかったのです。

それらの事情から、その当時のロードバイクは、「ペダルを逆回転させればホイールも逆回転する」「変速機もない」ことから、言い方次第では、ある意味ではシンプルで無駄がないとも言えます。

しかし、現在のロードバイクと比較すると、やはり時代遅れな代物だったとも言えるでしょう。

フリーホイールがロードバイクの歴史のターニングポイントに

フリーホイールは、自転車の歴史において革新的な技術でした。

ペダルを逆回転させても、ホイールは正しく回り続けるその機構により、自転車は扱いやすく、気軽な移動手段になりました。

そのフリーホイールは、ある意味で日本の工業や現代のロードバイクにとって、重要なターニングポイントとなります。

日本で国産初の自転車が製造されてから30年後の1920年前後に、大阪の堺市で、フリーホイールを製造する2つの工場が創業しました。

その一方は「前田鉄工所」と言い、後に外装式変速機の全てのモデルに採用される、「スラントパンタグラフ」という方式を発明しました。

「スラントパンタグラフ」とは、リアスプロケットの大きさに関わらず、スプロケットの歯先とリアディレイラーのガイドプーリーとの間隔を、一定に保つ方式のことです。

それにより、変速の性能が大幅に向上しました。

そして、もう一方の工場は「島野鐵工所」と言い、この工場こそが、後に誰もがその名を知る「シマノ」へと成長していきます。

このように、フリーホイールの製造をきっかけとして、自転車の歴史に名を残す企業が誕生し、フリーホイールが自転車の歴史で重要な役割を果たしたことが分かります。

ロードバイクと「ピストバイク」の決定的な違い!「固定ギア」!

現在のロードバイクを含む一般的な自転車には、ほぼ全車種でフリーホイールが採用されています。

しかし、フリーホイールを採用していない、「固定ギア」と呼ばれる自転車も、いまだ現役で使用されています。

それは、競輪などのトラックレースなどの特殊な場面で使用する「ピストバイク」においてです。

ロードバイクと「ピストバイク」は、フレーム形状などの見た目はよく似ています。

しかし、「ピストバイク」は変速機やフリーホイールは採用されておらず、「固定ギア」が使用されています。

しかし、扱いにくい代物である「固定ギア」が、なぜいまだに使用されているのでしょうか。

それは、ペダルとホイールが直結していることで、力の損失がフリーホイールと比較して少なく、結果、ダイレクトな乗り味になるからです。

また、トラック競技の選手が発生させる爆発的な力には、フリーホイールでは心もとないからだと考えられます。

ちなみに「固定ギア」の自転車は、ペダルを逆回転させることでバック走が可能です。

これを利用し、ブレーキ代わりに使用する場合もあります。

自転車の知的探索への招待

今回は「フリーホイール」の歴史についてお話ししました。

自転車のメカニズムは単純だと思われ、人々の興味を引かないためか、自転車の技術史といった分野の資料は多くありません。

しかし、自転車の技術を知れば知るほど、そこには数多くの科学知識が用いられ、さまざまな工夫がなされているのを理解できます。

そういった知識を知る楽しみを、この記事で少しでも伝えられたなら幸いです。