2000年代はスポーツ自転車の普及が進んだターニングポイントの時代であったといえます。
しかし、スポーツ自転車がファッションとして受け入れられた結果、ブレーキが外れた「ピストバイク」が街中を走るといった問題も発生しました。
現在では、法規制が強化されブレーキの外れた自転車は減りましたが、そもそもなぜブレーキの外れた自転車が街中で使用されていたのでしょうか。
この記事では、その疑問に迫っていきます。
ブレーキの外れた自転車は公道では乗れない!
道路交通法の第63条の9をご存知でしょうか。
簡単にいえば、「ブレーキの外れた自転車は公道では乗れない」と明示しています。
また、道路交通法施行規則第9条の3では、「前後の車輪にブレーキを備えること」「乾燥した路面において時速10キロメートルでブレーキをした際に、3メートル以内で止まれること」といったブレーキの条件が定められています。
この法律に違反した場合、5万円以下の罰金という処分が下されます。
この至極あたりまえの条文が注目されるきっかけとなったのは、スポーツ自転車の流行によって「ピストバイク」が街中を走るようになったためです。
また、その問題が一般に広く認知されるきっかけとなったのは、大手スポーツブランドのセンセーショナルな壁面広告や、ブレーキの付いていないピストバイクで公道を走り、実際に摘発されたことがあったためです。
そのため、一般の方にピストバイクが「スポーツ自転車にはブレーキが付いていなくて危険」であるという誤解と、ネガティブなイメージが根付いてしまったのは否定できません。
ブレーキの外れた自転車「ピストバイク」!なぜ街中で走っていたのか?
そもそも、ブレーキの外れたスポーツ自転車のピストバイクが、なぜ街中で使用されるようになったのでしょうか。
このピストバイクを最初に街中で乗り始めたのは、アメリカのメッセンジャー達であったようです。
メッセンジャーとは自転車便のことです。
メッセンジャー達は、ロードバイクやMTB等のスポーツ自転車を使用していましたが、それらはギアやブレーキ等のメンテナンスに多くの費用がかかりました。
それこそ嫌ったメッセンジャー達は次第に、ギアやブレーキが付いていないためパーツ点数が少なく、メンテナンス費用がかからないピストバイクを使用するようになりました。
こういったアメリカの環境でメッセンジャーをしていた日本人によって、2000年代前半に日本のストリートファッションにブレーキが外れたピストバイクがもたらされたといわれています。
ストリートファッションに入ってきたピストバイクは、ファッション誌等のメディアによって特集を組まれるようになり、注目度や知名度が向上しました。
また、2000年代前半はインターネット掲示板やブログ等によって個人が情報を発信する機会が増えた時代であり、それが「ブレーキの外れたピストバイクはかっこいい」という認識の広がりに一役買ったと思われます。
時代のニーズに「ピストバイク」が適合していた
ブレーキの外れたピストバイクが求められるに至った経緯を、2000年代前半の当時の社会という切り口から考えます。
2003年には、今では教科書に載るまでになった「世界に一つだけの花」が大流行しました。
2006年末には、後にサブカルチャーに多大な影響を及ぼすようになる「ニコニコ動画」のサービスが開始しました。
これらが大ヒットした理由に、当時の社会では「個性の尊重と表現」が盛んに叫ばれていた背景があります。
国際情勢は、アメリカの中東情勢の悪化とイラク戦争により、原油価格が当時としては戦後最高のレベルにありました。
日本国内では、2005年に地球環境の保全と脱炭素社会をメインテーマにした万国博覧会が開催されています。
そのような背景から、当時の日本社会は「次世代の交通手段」として自転車への注目度は高まっていたといえます。
これらから、自転車という「次世代の交通手段」であるピストバイクは、シティサイクルと違ってブレーキすら外されており「個性的」でカスタマイズが容易なため、それによって自分を「表現」できるという特徴を持ち合わせていました。
まさに、時代のニーズにピストバイクがうまく適合していたといえます。
構造が簡単だから「ピストバイク」は普及した
ブレーキが外れたピストバイクが流行した背景は、社会のニーズのほかにも、ピストバイク自体にもあるといえます。
それは、ピストバイクの「価格」と「構造」にあります。
ピストバイクの「価格」は、スポーツ自転車のなかでは安価です。
スポーツ自転車の価格帯はおおよそ15万円からであるのに対して、ピストバイクは高くても20万円以下で、場合によっては数万円で購入が可能です。
つまり、収入が少ない学生でもアルバイト等をしていれば無理なく手が届く価格であったため、若者の間でピストバイクが広まったと考えられます。
また、ブレーキが外されギアもないピストバイクは構造が非常に簡単で、メンテナンスは空気入れやパンク修理キットと自在レンチを一本持っていれば間に合います。
これらの道具は、特殊なものではないため一般家庭に広く普及しています。
このため、ピストバイクを新たに購入する際に必要な初期費用が低くおさえられたこともブレーキが外されたピストバイクが広まった理由であるといえます。
ブレーキが外れた自転車を使う原因は「心理」からの可能性も?
ブレーキが外されたスポーツ自転車であるピストバイクが街中を走るのは、法律に反することは容易に想像ができます。
しかし、それらのリスクを負ってまでブレーキが外れたピストバイクが使用されていたのはなぜでしょうか。
その理由は、逆説的ではありますが、法律に反するというリスクが伴っていたからという可能性もあります。
そのような、「あえてリスクを負う」という行動は人間の心理からも考えられることです。
生物の行動は進化の過程において、繁殖に有利になるように変化していきました。
この「あえてリスクを負う」という行動は、ひと目で異性に自分の強さをアピールし繁殖の機会を最大化するのに有利に働いたため、生物の間に本能的な行動として根付きました。
そして、その本能は生物である以上は人間にも残っています。
つまり、ブレーキが外れたピストバイクが使用されていた理由は、人間の本能的な心理に基づいたものの可能性もあるということです。
ブレーキなし自転車が街中を走らなくなった経緯
このようにしてブレーキが外れたピストバイクが広まりましたが、その流行にもかげりが見え始めます。
その契機となった出来事の一つとして、ブレーキの外れたピストバイクで公道を走行したというニュースがあったことが挙げられます。
それによって、一般にもブレーキが外れたピストバイクの存在が広く知られることとなったのです。
その危険性ゆえに行政が対策に乗り出しました。
2013年には、東京都の条例にてブレーキの付いていない自転車の販売を明確に禁止しました。
そして、2015年の6月から改正された道路交通法が施行され、自転車の道路交通法の違反が厳罰化されました。
このような厳しい環境になったこともあり、ブレーキの外れたピストバイクが公道を走ることはなくなってきたのです。
自転車の歴史を知ることで今を改める
この記事では、ブレーキが外れたピストバイクが使用されていた理由を「社会」「ピストバイクの構造」「人間の心理」の観点からお話ししました。
現在は、法律の厳罰化により減少しましたが「歴史は繰り返す」というように、再び危険な自転車が流行する可能性は存在します。
そこで、自転車の歴史から学び、新時代の自転車の文化をより安全にするために、この記事を作成しました。
ブレーキは自転車に取って、命に関わるとても重要な装備です。
今後の文化の変化で同じように、ブレーキの外れた自転車が街中を走り回らないことを祈ります。